どう認識するか、どう言葉にするか

《十分と不十分について》言葉になった時に現象化する

 

・ある長期講座で、資料のいくつかが未配布でした。
・参加者はそれを知りませんでした。
 だから彼らは「資料は足りている」と自然に思っていました。

「資料は十分だ」という認識です。

 

ところで、講座の途中回で「これを読んでおいてください」と提示された資料が

手元に「無い」と認識したとき、はじめて「不足している」状態が生まれました。

 

これが「不十分」と言葉にし、「不十分だ」とおもうメカニズムなんですね。

 

では、参加者がこの資料を何の先入観もなく、「十分ある」という認識のまま、

次回にただ追加の資料として受け取っていたらどうでしょう。
資料が不足していた、不十分だったという認識は生れたでしょうか?


そんなことはありませんよね。

「資料は十分だ」という認識が連続するだけです。

 

もし、資料についてあらかじめ、予備知識(先入観)があって、

「配られるはずのものが無い!」とおもっていたらどうでしょうか。


「不足している」「足りない」とおもっていたら何が湧いてくるでしょうか。
それは『恐怖』と『不安』です。

そうなんですよ。


無い  とおもうから 不安になり
不十分だ とおもうから 心配し
不足している とおもうから 恐れる
んですよね

 

資料は初めから整っていて

すべて「在る」わけです。

 

それが配布されるには
ふさわしい「とき」があるのだとおもいます。
必ずしも、自分の意図したタイミング(顕在意識が良いと判断するタイミング)ではないわけですね。


この「配布のタイムラグ」は
私達にとって、

時に残酷に見えることもあるかもしれませんし、

不幸だと思えるような事態かもしれません。

それでも、

敢えて言うならば

                                   
はじめから
元々
全て在る
十分にある

 

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地上からは見えなくても空は在り、太陽もまた在る


わたしたちに

欠けているものはなく

必要なものはすべて

もうすでに

手にしている

 

 

ビーバップ修道女 

黒澤 美佳

今は亡き友へ

あの時、貴女自身が悲しみに暮れていたのだと
後から知った。
 
貴女は、苦しみ打ちひしがれていた私の側に
ただ、そっと寄り添い、
手を握り、肩を抱いてくれた。
 
貴女の手の温もりを
まだ覚えいる。
 
大丈夫。大丈夫。大丈夫だからね。
 
貴女はそう言って
微笑みながら手を振って別れた。
 
それが最後だとは
互いに知らないまま。
 
まだ言ってなかった。
 
ありがとう。
貴女のおかげで
私は今
 
元気です。

【生きる】

ありもしない

「この先」を心配し

嘆いて生きるより

 

「この瞬間」

幸せを感じて

笑って生きている方が

ずっといい

 

どっちで生きても

一生は一生

 

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愛とは命

この世に生まれてきた
それこそが
愛である

命となったことが
愛である

どれほど人智を尽くしても
結ばないものは
決して結ばない

宇宙が
そうあれ
とすればそれは
命となる

 

ゆえに

あなたはである!

 

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【私は不自由?】

【自由に生きてはならないという信じ込みの遺伝】

 

こういう方はいないでしょうか?

どうしてなのか、
「ご自由にどうぞ」と
見たり、聞いたり、言われても
「自由」に
ならない
なれない
罪悪感がでる
自分に規制をかける…
(キチンとしなきゃ!とか思っちゃう)

それはひどく窮屈で
「不自由」なこと
のようなのだけど

「不自由」だという自覚はなく、
今まで、自分が
「不自由だ」と考えたこともない。

ルールがある
規制が厳しい
組織の中
でなら、
「自由」に力を発揮するけれど

"ルールにとらわれず
規制を突き破り
自分で思うように
生きていいよ"

と、言われると
胸苦しく
尻込みし、
恐怖と不安にかられる

そして
自由にのびのびと
自分の思うがままに生き、
やりたいことが明確で
次々とそれを
やっていく人を見ると

・羨ましい
・妬ましい
・疎ましい
・批判したくなる
・中傷されているのを見聞きすると
何となく安心する
そして、そんな風に感じる自分を
責める…
『こんなこと思ったりしてなんてはしたない。』『なんて品性のないことを…』
とか。

そういう人は
自分では気がつかないうちに
「自由に生きてはならない」
「生きることは不自由である」
「私は自由に生きることができない」
「私だけ、好きなように生きてはならない」
etc

という、根深いイメージを
抱えていることがあります。

それについて、さして特別な記憶が
思い当たらないにもかかわらず。

そういう場合、それは
母親の記憶、セルフイメージを
引き継いだのかも知れません。

そして、それは
母親が悪いわけでもなく
引き継いだ自分が悪いわけでも
ありません。

実は
私自身もそうでした。

そのことに気づいた時、
それまで母に感じていた
苛々や怒りや恨みの感情は
消えていました。

そうしてやっと
「何をしても
何をしなくても
生きていてもいいんだ」
という感覚が芽生えました。

そしてこんな思い込みがあったんだ、
と、掘りだしたセルフイメージにびっくり…
・人生は苦しまなければならない
・苦しいのが当たり前
・苦しんでこそ価値あり
・苦難を甘んじ受けて清らかに生きてこそ愛される

どんだけ、苦しみたいんだ? 笑
馬鹿馬鹿しいけれど、これも
「本当の私」を思い出し、生きるために必要な
「〇〇の私」だったのです。

もちろん、この
母親から引き継いだイメージは
人それぞれです。

人付き合いは面倒臭い
⬇︎
皆んなの輪を外から眺めている方がいい
⬇︎
(根っこ)
私は理解されない

という方もいました。(ご了承得ています)

この方は「理解されない」
というイメージが、お母さまから引き継いだものだったのですが、
これを手放すとき、
寂しさを感じた、とおっしゃいました。

たとえ、それが
人生に好ましくない影響を与える
セルフイメージだったとしても
長年、連れ添った愛着が
そういう感じを引き起こすのかも
知れません。

その後、この方は
それまでとは真逆の
『自分は大勢の人々を繋ぐ中心だ』

というセルフイメージに変容されていきました。

そうなのです。
右は左があるから存在し
上は下があるから上でいられ、
苦があれば楽があるように

隠と陽は
表裏一体
逆といいながら一心同体

今、陰に見える
暗さの中には
真逆の陽と光が
存在しています。

私たちは
みな等しく、かけがえのない命を授かり、生きています。
どのように生きていくかは
私たちの自由に任されています。

選ぶのは
私たちの自由です。

****
ベスリクリニック 笑顔外来
笑顔を強要しない笑顔トレーナー

トランスフォーメショナル コーチ®︎
黒澤 美佳

画像に含まれている可能性があるもの:空、夜

【新しい私・・・『犬を見ても平気だ!作戦』の思い出】

子供の頃

私は犬が怖くて仕方ありませんでした。

一度も噛まれたことは無いのに、「犬は恐くて危険な動物」

という信じ込みがありました。

 

 

学校からの帰り道、

ちっちゃい犬が100m先を横切るのを見ただけで震えあがり、

犬が進んだ方向とは逆方向を通って、

死に物狂いで帰宅していました。

 

ある時、犬を見たという恐怖のあまり、

噛まれてもいないのに

「犬にかまれた~!」と泣きながら

家に帰ったことがあります。

親に超びっくりされ、

「どこ?どこを噛まれたのっ!」と

どえらい剣幕で、身体中をくまなく調べられました。

 

それが本当に厭でした。

おもわず「犬にかまれた」とついたウソで、

どえらい剣幕で親が必死に身体中を調べる。

 

・・・・こんなに心配するとは思わなかった・・・・

「ごめんなさい」の気持ちでいっぱいになりました。

 

そして

「犬を見て、恐くて怯えているのはもう嫌だな。」

「犬がいても気にしないでいられるようになりたいな。」

と思いました。

 

そして、

『犬を見ても平気だ!作戦』

を開始しました。

 

まず、

外で野良犬が歩いているのを見ても

遠回りしない、逃げない

決めました

 

それから

犬はこちらが何もしなければ、何もしてこない

犬はただのイヌ

自分に言い聞かせました。

 

試練はたびたびやってきました。

(本当に昔は野良犬が多かったのね)

 

遠くに犬の姿が見え、

こちらに向かって歩いてくる

私の心臓は張り裂けんばかりに高鳴る。

手にはぐっしょり脂汗。

恐怖のあまり、ちびりそう!

 

『目を合わせない。知らん顔で

「あんたなんか、全然気にしてないんだから」って

フリをしてすれ違うんだ』

 

犬がいよいよ近づく!!!

(ひ~っ!こわ~い!真っ直ぐ前を向いたまま無視!無視!)

息を止め、すれ違う!!!!

 

タッタッタッタッタッタ タッタッタッタッタッタ・・・・

 

ぶ・無事だった・・・。

 

でもやっぱりまだ恐い・・・(T_T)

もうやめよう。こんな恐いこと・・・

 

 

その後も逃げたくなるたび

『いいや、この前も大丈夫だった。

今日も大丈夫』と、言い聞かせ

「何事もなく犬とすれ違う自分」を繰り返しました。

 

少しずつ慣れていき・・・

 

高校生の時には犬嫌いの担任に

犬に触らせようと、

犬と一緒に追いかけるほどにまでなっていました。(笑)

 

************

私たちは、新しい方向に進むとき、

それまでの古い思考グセや信じ込みを脱ぎ捨て、

それまでとは違った思考や行動のパターンに切り替えていきます。

 

直ぐに切り替わって、どんどんサクサク進むといいですが

時には、前のパターンに引き返したくなることがあるかもしれません。

 

1回の成功体験で犬への恐怖心が消えず、

「もうやめよう」と思った私のように。

 

まあそんな時は、結局のところ、

どちらを選んでも構わないと思います。

 

 

「変えよう」と思えばそちらを選べばいいし

「このままでいよう」と思えばそのままでいいでしょう。

 

「恐怖心」がでてきた時、

私は「犬を見ても平気な自分のフリ」を選びました。

 

いつしか本当に

「犬を見ても平気な自分」になり

 

今では

「犬を見て、わっしゃ!わっしゃ!と撫でまくる自分」

になっています。(*^▽^*)

 

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自分の意思で生きろ!ワタシ

【腰痛からの教え】
〜自分の意思で動く(生きる)ということ〜
(前回の続き)

ヘルニアと診断を受け「右脚の痺れはなくならないかも知れない。症状が治まるのは3カ月が目安」とのことでしたが、『自分の気持ちを認め、ズレた思い込みに気づいた』途端に痛みが劇的に去った私。それは痛み始めて寝込んでから2週間後、トータル約1カ月間のことでした。

足に痺れが残るものの、あの痛みと苦しみが去ったという喜びの方が大きく、晴れやかな気持ちで動き始めた私。

年末の大掃除もガンガン張り切っていましたが…
それは重要な気づきを得るための第2章の始まりだったのです。

《無くなった身体症状を埋めるもの》
身体症状が無くなると、しばらくは『嬉しい』と浮かれていますが、実は身体にとっては身体症状が『無くなって』穴が空いた状態です。
空いた穴は埋めたくなります。

「何で埋めようか…。
あら…
特にアイディア無しなの?」
こういう会話が無意識のうちに繰り広げられます。
そうすると、どうなるか。

張り切って動いていた私は、段々と疲れてきました。そして、ヘルニアではない腰の痛み、いわゆる、馴染みの『腰痛』を再発しました。
その時、思わず「○○○○、腰が痛くなった」と心の中で呟いていました。

身体が元の状態に戻ろうとするのです。
消えた身体症状の代わりになるもの、馴染みの腰痛をぶり返して、です。
腰が痛いのは苦痛のはずですが、「馴染み」なので『あー、ちゃんと痛いわ〜』と安心する、という奇妙な現象を引き起こすのです。

《ねぇ、私、そのままでいるつもり?》
腰痛をぶり返した私は、また問いかけました。
何だろう?
今度は何に気づくきっかけなのだろう?

そしてふと、思いついたのは… 
「私は自分の本音に気づいた時、ヘルニアの痛みが消えた。けれども身体の使い方は、本音に気付いていない時のままだ。
自分の本当の意思でいなかった時、私は動くことに無頓着で、自分の『与えられた肉体の能力』に任せっきりだったのでは?」と。

昔から腹筋を鍛えるとか丹田に力を入れる、とか言われているのはどういうこと?
と、改めて考えてみました。

そして、今更ですが、
『腹(丹田)で歩く/立つ/動く』
『自分が、自分で、自分を生きる=動く(動かす)』
を意識してみました。

力を入れるのは腹だけ。
肩からは力を抜くイメージで動いてみました。

腹に力を入れて立ち上がると、腰の痛みが軽くなる、と実感。
では、腹を意識せず無頓着に立とうとするとどうか?→痛い❗️
ナルホド、じゃあ今日一日、動く時にはとにかくいちいち腹に力を入れてみるか。

結果どうなったかというと・・・

たった1日で、また元気になりました。
そして、どんなに腹(丹田)に力を入れても、腹筋は疲れないということがわかりました。
苦しい腹筋運動をしなくても、『自分(の意思)』で動くことを意識するだけで、無駄な力は抜け、姿勢は良くなり、気分が良くなることがわかりました。

これは、与えられた自分の肉体を大事に使うコツでもあるように思います。

自分の心と身体を操縦するのは自分。
各パーツにバラバラに動きを任せていると、無駄な力が入って、筋肉疲労を起こすんだなぁ、と思いました。
そして今、右脚に痺れは全くありません(^^)

#腰痛
#ヘルニア
#心と身体
#丹田 
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ベスリクリニック 笑顔外来トレーナー
トランスフォーメショナルコーチ®️
黒澤美佳

 

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