読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

【仙人は時には厳しいことも言う】

f:id:mEgao:20170317075736j:plain

また仙人に遭った

 

私は、たびたび

迷いが生じたり

挫けそうになったり

怖気づいたり

します。

 

 

私の中にある「信念」の一つに

必要な助けは必ず得られる

 

というのがあります。

 

昨日、

また、仙人 

に出遭いました。

 

不思議ですが、

その人と会ったのは

初めてではありません。

 

今まで

何度か会ったことがあるのですが

ほとんど関ることはありませんでした。

 

でも・・・

昨日会ったその人は

仙人

でした。(笑)

 

仙人は時には手厳しいことも

仰います。

 

中には

「そんなこと言われたくない」

と、背を向ける人もいるのかもしれません。

 

でも、、、

言われたくない一言は

実は

とてもとても大切な鍵だったりすると思うんです。

 

耳障りのいい

慰めばかりが

ヒトを助けるわけじゃない

と、思ったりします。

 

昨日出遭った仙人は

痛快でした。

 

本当はもっともっと

突っ込みを入れてほしかったくらいですが

時間切れでした。(笑)

 

こういう出遭いを得られる自分は

本当に

ラッキーだな~

って

思います。

 

f:id:mEgao:20170304084402j:plain

 

 

【自分が悦ぶほうを選んでみる】

いつものマグにするかそれとも・・・

f:id:mEgao:20170312122630j:plain

休日、ほっとする昼下がり

ぽかぽか陽気も気持ちいい~。

 

さて、、、

コーヒーでも飲もうかな

 

ここで、

いつものマグカップ

いつものように気軽に

愉しむのもよし

 

せっかくなら・・・

と、

とっておきのカップ

優雅な気分で

ゆっくり愉しむのもまたいい

 

 

どちらでもいいんだけど

 

 

ただ・・・

面倒くさいからいつものマグで」

とか

壊れたらもったいないからいつものマグで」

なんていう選択はしないほうがいい

んじゃないかな、と思った。

 

 

面倒くさいから・・・・

っていう選択は

自分を面倒くさく、粗末に扱っているんじゃないか、

と、思うし

 

壊れたらもったいないから

お気に入りのカップは

後生大事に

使わずにしまっておく

っていう選択は

 

失敗したくない、傷つきたくないから

といって、

何もせずに

隠れているということと

同じなんじゃないか、

という気がした。

 

 

今日は

10年以上前に購入した

お気に入りの

コーヒーカップを選んだ。

 

このコーヒーカップを買った頃のことを

思い出しながら

ゆっくり

ゆったり

コーヒーを愉しんだ。

 

しみじみと

幸せだった。

 

明日の朝は

いつものマグで

「よっしゃ!いってきます!」

って、コーヒーを飲む。

 

これも幸せ

f:id:mEgao:20170304084402j:plain

 

笑顔はひとのためならず

 f:id:mEgao:20170309193236j:plain

ときには・・・

一声かけてカギが開くこともある

 

大学の窓口には色々な学生が訪ねてきます。

大体は決まりきった手続きです。

 

f:id:mEgao:20170309195636j:plain

 

ニコニコと

機嫌よくやり取りをし、

他愛ない会話をしながら

 (ちょっとイジッったりしながらね 笑)

大方、何事もなく済みます。

 

 

でも、

時には、やり取りの中で

「ん?何かあったかな」

と感じることがあります。

 

そういう時には

いつもより「一声」多めに

他愛ない突っ込み

を入れたりします。

 

すると、

「聞いてくれますか?」

って、

堰を切ったように

身の上話や

打ち明け話、

トラブルの解説

を始めたりします。

 

一生懸命話してくれます。

 

そういう時、私は

よかった

って思います。

 

吐き出してくれて

よかった・・・

 

ひとしきり話して

 

泣きながら

(時にはテンパりながら)

話していたけど

 

最後は少し笑って

「またね。」

 

って、帰っていきます。

 

 

「いつでもおいで。

待ってるからね。」

     (大体こないけどねww)

 

そして、

話してくれて

ありがとう⚘⚘⚘

 

 若者よ~

力いっぱい

生きてゆけ~~!! 笑

 

f:id:mEgao:20170304084402j:plain

 では

また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【笑顔はひとのためならず】

f:id:mEgao:20170304155632j:plain

バッテリー切れしたら

たくさんの仙人に出逢った件

 

 

過去の話ですが・・・

 

私は

 

本当は心の中がこんな風でも

f:id:mEgao:20170305155307j:plain

頑張って

f:id:mEgao:20170306181524p:plain

「ひとりでやれるもん!」

と、やせ我慢もしたし、

 

本当は、嫌なことはやりたくないのに

頑張って

f:id:mEgao:20170306183113g:plain

f:id:mEgao:20170306182839j:plain

 

我慢するから

「受け入れられ、認められる」

と勘違いをし、

 

褒められれば安心し

f:id:mEgao:20170308000510p:plain

 

褒められずフツーな顔をされると

「頑張り足りなかったのか」と

自分を責め、

f:id:mEgao:20170308000559j:plain

 

もっともっと

頑張って

 

「よくできたね」

と褒められると

「そんなことはない・・・」

と、もっともっと

頑張って・・・

 

あ~っ!!

も~っっ!!!

色々と

めんどくさい奴でした。

 

  けっこういません?こういう人・・・(笑)

 

 

そして、

まだ足りない、まだできない

こんな自分ではまだダメだ

 

という呪いの言葉を自分に吐き続けていました。

 

そして、

果てしない

頑張り地獄

を進んでおりました。

 

そしたら、ある時突然

バッテリーが切れました

 

もう

無理~!!!

ってなりました。

 

f:id:mEgao:20170307235738j:plain

 

 

ところがですね。

不思議なんですけど。。。

それを境に

 

たくさん、たくさん

助けてくれる人(仙人)たちに出逢いました。

(きっとSOS出しまくってたんでしょうね~)

 

愛情たっぷりに

手を差し伸べてくれて

 

仙人A:「あんた・・・別に足りなくないし。」

仙人B:「そのままでいいんだよ。」

 

って、教えてくれました。

 

 

途中をすごく省略しますが

 

 

いいの?

クヨクヨすることがあっても?

仙人C:「ええんじゃ。どんな自分でもOKじゃ。」

 

いいの?

我慢するのがイヤでも?

仙人D:「それでええんじゃ。

とにかくどんな自分でも丸ごとOKなのじゃ。」

 

いいの?

もう頑張れなくても?

仙人E「それでもじゃ~!!

だ・か・ら~

頑張らんでええのじゃ~!!!」

仙人F:「もっと自分を好きでいなさ~い!」 

 

こんな感じです。(笑)

 

 当時は、

「自分を好き」ってどういうことなのかも

わからないくらいボ~ッとしていました

 

それで、仙人たちの勧めもあって、

そもそもの「好き」っていう感覚を思い出すために

 

「好きなこと、モノ」を書き出す

を、やってみました。

(これを500個くらい書いているうちに鬱病でなくなった、

という話を聞いたことがあります)

 

なんでもかんでも

片っ端から挙げていくだけなんですが、

最初はなかなか出てこなかったです。

 

それくらい、心が疲れてたんでしょうね。

 

無理せず、できるときに

ぼちぼちと、

スロ~な進み具合でしたけど

やってみました。

 

そうするとですね、

やがて

“好き”のリストに

〇〇な自分

っていうのが出てくるようになったんですね。

 

そしてよく見返してみると

その「〇〇な自分」って

「強い」一面も「弱い」一面も

「ヘタレ」なところも「やり遂げる」ところも

同時に入ってるんですよ。

つまり、プラスとマイナスが両方ですね。

 

f:id:mEgao:20170305190209j:plain

両方あっていいんですね。

っていうか、両方あって当たり前だったんですね。

※一度、「好きな自分」が出ると、芋ずる式にどんどんでてきました

 

仙人たちが言うには

 

いい子でも、いい子でなくても

どっちもありなんですって。

 

出来ることがあっても、出来ないことがあっても

何の問題もないみたいです。

 

優しい自分と、意地悪な自分が

同居しているのもありだし

 

「あの人嫌い!」って思った自分もOKだし

 

「げっ!こんなのやりたくない!」って拒否った自分もOK

なんだって 
 
とにかく何でもかんでも
 
自分にOKを出していくと、
自分のことがだんだん
愛おしくなってきます。
 
それに、
「なかなかやるじゃん、私も」
って、自分のいいところに
素直に「いいね!」ができてきます。
 
ふふふって笑えてきます。

 

笑うと

ほら・・・

 

ちょっと幸せじゃないですか?

 

それから仙人たちは言いました。

「どんどん、助けてもらっていいんだよ」

「あんたが思うより、

  世界はもっと優しいかもよ」

 

 

それから、

一人で頑張っているうちは

「SOSをだしてはいけない」と

さらに頑張るので

周りの仙人たちも助けようがないそうです

 

順風満帆の時は

そもそも必要としていないので

仙人の存在には

気づかないそうです

 

人一倍、責任感が強くて

「頑張らなければならない!」

と思っているひとは

 

素直に、「助けてください」

が言えるようになると

いいのかもしれませんね。

 

 

 きっと

あなたの傍にも

仙人が…笑

 

f:id:mEgao:20170304084402j:plain

それでは

また。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【笑顔はひとのためならず】

f:id:mEgao:20170304174734j:plain

笑い話で友を得たことがある件

 

人は誰でも、「やらかした」「恥ずかしかった」「失敗した」

っていう話の一つや二つあると思うんです。

 

 

f:id:mEgao:20170304180220j:plain

 って、言えたらいいですけれど

私は、言えません。

結構やらかしてきました。

 

でも、もしかしたら

失敗や恥ずかしいネタが多いほど、

お得な人生なのかも (^^♪

って、思うことがあります。

 

例えば、すっご~く子供の頃の話で

もうとっくに時効だっていうものを

 

披露しあうと

腹がよじれるくらい

面白い話だったりして

大爆笑!

 

そして

それを話してくれた人のことが

身近に感じられて

大好きになったりします♡

 

--------------------------------------------------

大爆笑の友人ネタほどではないのですが

私には

『かつてヤクル〇泥棒だった』

という黒歴史があり、つい先日も

この話で初対面の方と盛り上がりました ww

 

f:id:mEgao:20170304185647j:plain

 ******************************

まだ3歳になるかならないかという幼い私の話。

その朝早く、いつも遊んでくれる

優しいお姉さんが住む隣の家に行った私

当然、早すぎてお姉さんには会えず・・・。

ふと、玄関脇に目をやると

緑色の箱が目に入った。

「なんだろう、これは・・・?」

本当に、ただ単純な子供の好奇心だった。

 

私はその緑色の箱に手かけた。

思えば、ちょうどギリギリ手が届く高さだったということが

災いしたといえばそうかもしれない。

 

「パカッ!」

と開けるとそこには

朝露に濡れてキラキラ光る°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

『ヤクル〇』さま・・・

f:id:mEgao:20170304185620p:plain

子供の直感⇒「いいものみつけた!」

 

断言するが

今まで飲んだヤクル〇の中で

一番うまかった

 

次の日の朝から

私は誇らしげに弟の手を引き、

「みっちゃん(弟)、いいもの見つけたんだよ。ついておいで!」

と、隣の家に詣でたわけだ。

 

弟の尊敬のまなざしを一身に受け、

私は得意の絶頂だった。

 

ヤクルトのふたって毎日色が違ったんだよね♡

今もそうなのかな・・・・・・という話ではなくて

 

1週間ほどして(だと思う)

そこの家の 

f:id:mEgao:20170304210701j:plain

 つまり、遊んでくれた優しいお姉さん・・

f:id:mEgao:20170304210824j:plain

 

目が合った瞬間が

おのれの「罪」を知った時だった

 

「みっちゃん!逃げるよ!」

「みっちゃん!逃げるよ!」

「みっちゃん!逃げるよ!」

 タタタタタ・・・・

ドウシタノ?オネエチャン?

いいから~っ!!!!!

f:id:mEgao:20170304211925j:plain

まあ、逃げたところで

面は割れてるし、隣だしね。

無駄なんだけど

 

しかし、

悪いことをしてとっさに

「逃げる」

っていう反射行動は

大人も子供も関係ないんだね。

「待て~」と言われてもまず待たないね。

(言われてないけど)

 

その後どうなったかって?

 

実は、隣の家のご主人は

父の部下だったそうで

それはもう、崖から飛び降りる覚悟

直接言いに来たそうだよ。

びっくりしたのは私の母で

「まさかうちの子に限って!」

ていうやつ。。。(笑)

 

母親からの事情聴取に

ただ 力なく「はい」とだけ答え

「そんなにヤクル〇が飲みたかったの?」

と聞かれ、

思いっきり

「うん!!」(^◇^)♡

と答えた私だった。

 

「明日から家でもヤクル〇とってあげるから

もう、他の人のものを取ってはだめよ。」

 

この対応が親としてどうかということはさておき

 

すっご~く、すっご~く嬉しかったことを

今でも鮮明に覚えている。

(≧▽≦)///♪   イェ〜〜イ

 

そして次の日から・・・・お楽しみの………??

 

なんでだ? ( ゚Д゚);....

家に届いていたのは

 

カツゲン (注:北海道限定乳酸菌飲料

だった。 (ヤクル〇さまよりちょっと安い)

 

『え~っ!!』(ノД`)・゜・。

 

それ以降、ヤクル〇が私にとって

なかなか手に入らない飲み物に

なった瞬間だった。

 

*************************

 

失敗したり、恥ずかしかったり

やらかしたり、色々あるけど

 

実はみ~んな

『おいしい話』

なのかも。。。

 

『笑う』

と幸せな気持ちになるしね♡

 

それではまた。

 

f:id:mEgao:20170304084402j:plain

~笑顔は必ず幸運とチャンスを背負って還ってくる~

 

    

 

 

【笑顔はひとのためならず】

f:id:mEgao:20170304155901j:plain

♡嬉しがろう♡

 

今日は

「嬉しい」

という感情を思い出すということ

について。

 

私たちは褒められたら

つい、謙遜のつもり

「いえいえ、そんなことありません」

と、言ってしまいませんか?

 

私も今でも、つい

これをやってしまうことがあります。(;^ω^)

 

そういう時は急いで

そう、本当に急いで

「ありがとうございます。嬉しいです」

と、喜びます。

f:id:mEgao:20170304120924g:plain

 

 

どうしてかというと

「いえいえ、そんなことありません」

と、言っていると

「そんなことない自分」になりそうだからです。

 

 

何故そうなるかというと・・・

「そんなことない自分」の根拠・証拠を探しだして

「ほら、やっぱりそんなことなかった」

にしてしまおうとするからです。

 

これを続けていると

褒められても素直に「嬉しい」

感じられなくなります。

 

例えば、褒められるたびに 

 

「いや、そんなことないですよ~」

「〇〇さんの方がずっと△△じゃないですかぁ~」

 

と勝手に自分と他人を比べ、

自分を低くしている

 

面白くない

 

じゃないですか

 

だから、

褒められても嬉しくなくなるんですよね・・・。

 

 

それから、

褒められて嬉しいって喜んでいると

「いい気になって!」

とか

「思いあがってはいけないよ」

などと言われた記憶がある場合

(私はこれもありました)

 

f:id:mEgao:20170304121124j:plain

 

「嬉しい」と感じることに

罪悪感を抱くようになる可能性があります

 

褒められて嬉しい、と喜んでいる

自分を責めてしまうんですね

 

すると

褒められること自体が

苦しいことになっちゃったりして・・・

 

でも、本当は

褒められることは

全然、悪いことじゃない (*^▽^*)

 

だから、本当にそういう時はどんどん

嬉しがっていいんですよ

 

 

え?

なかなかできない?

 

そうですね。

そういうこともあるかもしれません。

 

何しろ

「いえいえ、そんなことありません」

に慣れてますからね。

 

そうしたら

これはどうですか?

「いえいえ・・・でもありがとうございます。」 (^^♪ ニコッ

 

少しずつ

口癖を変えていくという手もあります♪

 

褒められて「ありがとうございます」

が出るようになったら

 

次は枕詞の「いえいえ」を

はずしていけばいいじゃないですか。

 

だんだん、褒められることに慣れてくるし

嬉しいと感じることが快感になってきます♪

 

「嬉しい」と感じる瞬間が「幸せ」

だったりしませんか?

 

だったら、

たくさん嬉しがったほうがいいのではないかしら?

 

はじめは照れくさいかもしれませんが

案外

すぐに

慣れちゃうかもしれませんよ (*^▽^*)

 f:id:mEgao:20170304084402j:plain

それでは、また。

 

 

 

 

【笑顔はひとのためならず】

f:id:mEgao:20170304160701j:plain

感じるチカラ

 

前回

自分から「笑顔」を発したら(作用)

 

相手から「笑顔」が還ってきて(反作用)

 

「嬉しい」=「幸せ」を感じた

 

ってことは、歌でよく聞く 

「笑うから幸せになる♪」

は、本当だ・・・

 

と、書きました。

f:id:mEgao:20170302214413j:plain

f:id:mEgao:20170302214507j:plain

 

相手に「笑顔」を向けると

相手から「笑顔」が還ってきます。

(かなりの高確率で)

 

私は、

「幸せ」

になるかどうかは

ここからだと思っています。

 

極端な言い方をすると、もし

「笑顔」が還ってきても

「何も感じない」

ならば、

「幸せ」にはならない

んじゃないかということ

 

この、「何も感じない」

が、実はもっとも自分を幸せから遠ざけている原因

なのではないかと思うのです

 

何故なら、「感じる」ということが

人が幸せを得るためにとってとても大切な

チカラだと思うからです

 

 

そして、

人それぞれ理由、きっかけは違うかもしれませんが

「何も感じない」

自分にしている原因もまたあるのではないか

と思っています

 

 

もしかしたら、

意識の上では

「幸せになりたい」

と、思っていても、

心の底では

 

「幸せになってはいけない」

「幸せになるはずがない」

と、思い込んでいるのかもしれません。

そしてこの思い込みは、達成されてしまいます

 

どういうことかというと

こういう状態が続くと

ひどい場合には

★好きな食べ物は何だっただろう・・・?

★好きなことって何だった?

★何をするのが楽しい?

★嬉しいって感じたのはいつだっただろう?

                  etc.

と、無感情、無感動な状態になり、

「私は幸せじゃない」

となるからです

  ※私はこれをやりました・・・・(T_T)

 

人って、思った通りに、

自分が心で描いた通りになるんですよね。

 

さらに、自分をもっと幸せから遠ざけるために

「不快ばかり集める」ようになったりするから

本当に、要注意です。

 

思い当たるかたは

そろそろ

意識の舵をきりなおしてみては?

 

・・・と言っても、急にはできない・・・・

 

そうですよね

 

急にできなくてもいいと思います(笑)

私も少しずつです

 

 

少しずつでいいんですよね

 

急に「幸せになる」

と思っても、

何が幸せかわからなくなっているので、

 

まずは

「何が好きか」

を思い出してみませんか

 

「え?何、そんなこと?」

と、思うかもしれませんね

 

☆好きなこと、モノ、食べ物

f:id:mEgao:20170304084459j:plain

☆好きな温度、感触、季節

f:id:mEgao:20170304084735j:plain

☆好きな音楽、音、

f:id:mEgao:20170304084921j:plain

☆好きな色、景色、シーン

f:id:mEgao:20170304085334j:plain

あらゆる分野の「好き」

を集めてみたらどうなりますかね

 

だんだん、「感じる」チカラ

が戻ってくるかもしれません

 

すると、

「嬉しい」とか「楽しい」とか

自分が幸せになる感覚を

得やすい状態になっていくのではないかと思うんです

 

ちょっとずつね

少しずつ

私も毎日、少しずつ です

 

それでは、また。。。

f:id:mEgao:20170304084402j:plain