「幸せな人」という看板

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  ※亡兄:石倉淳一の画で記念カードを作りました

 

今日は、私の母の話です。

 

母は、今年米寿(88歳)になりました。

戦前、樺太で生まれた母は

戦後、樺太から引き上げてきました。

母が乗った引き上げ船の前後は

ソ連に撃沈されたと聞きました。

 

 

 

結婚した後、相手が実は「変わり者で嫌われ者の

モラハラ夫」であることに気が付きましたが、

後の祭り。当時は、

離婚など毛頭考えられなかったそうです。

 

自分の考えを言うことを許されなかった母。

 

それでも

可愛い長男

続いて長女が生まれ・・・

 

結局、二男四女の子宝に恵まれます。

 

夫と6人6様の子どもたち。。。。

 

気の休まる暇もなく

苦労に苦労を重ねます。

 

様々な困難や悩みが次々と彼女を待ち構えていました。

 

横暴な夫

(子供から「お母さん、いつ離婚するの」と聞かれるほど)

 

思うようにならない子供たち

(反抗、抵抗、諍いその他諸々・・・)

 

お金の心配

倒産

最愛の長男の死

そして夫の介護・・・・etc

 

彼女はすべてを引き受け

踏ん張りました。

 

彼女の苦しみは

形を変え、次々に湧いてきます。

今でもです。

 

この世の中、私の母より

もっともっと大きな苦しみを

抱えている人は多いことと思います。

 

そして、

「私は不幸なの」と、言う人もいます。

 

私も、母の苦労を見ていると

母は幸せだったんだろうか。

この世に生まれてきて

こんなに辛いことの連続で

 

幸せだったんだろうか

 

と思うことがありました。

 

最近、

姉妹が集まって、2日連続ホームパーティーをして

母の米寿の祝いをしました。

 

私は母がぽつりと

「こんなに幸せなことが続いていいんだろうか」

とつぶやくのを聴きました。

苦労の連続で、今でも苦しみの渦中にいる母。

少しでも幸せを感じてくれたなら

本当に良かった、と私も幸せでした。

 

 

「米寿祝だ~」と

散々、お酒を飲んで(母は飲みません)、

酔っぱらって

思い出話やら今抱えている問題など、

時に笑い、時に喧嘩腰に話し、そして泣いて・・・

もう、ぐっちゃぐちゃに吐き出したあと。。。

 

姉が母に質問しました。

「おかあさん、幸せな人生だった?」

 

 

即答でした

 

「そうだね~(笑)。幸せだね~!」

 

どうして即答できるんだろう。

何の迷いもなく。

するする~っと答えた母。

しかも、輝く笑顔で。

 

かつて「人生、苦しみがほとんどで楽しいことはちょっぴり」だとも

言っていた母。

なのに、「幸せかどうか」

の問いには迷わず「幸せだ」

と答える母。

 

 

 

私の父は嫌われ者だったけれど

私の母は不思議なくらい、人から好かれるし

人が慕って集まってくるようなところがあります。

 

どうしてなのか

はっきりとはわかりませんでした。

ただ、人はいいし、あまり難しいことは言わないし

人の悪口も言わないし、朗らかだからかな、くらいに

解釈していました。

 

でも、

それはほんの表面的なことに過ぎなかった

ということが

今回はっきりしました。

 

母は周りの人や父に

私は幸せな人だから、

私のそばにいたら

あなたも幸せになれるよ。」(笑)

と、言ったことがあるそうです。

 

苦労の真っただ中に居て、

苦しくて

辛いことの連続だった母が

 

心の底から

私は幸せな人だから、

私のそばにいたら

あなたも幸せになれるよ。」(笑)

と言うのは

やせ我慢でもなく、見栄でもなく

彼女の「信念」そのものなのです。

 

 

それで、周りの人は我が家を

「幸せな一家

 

だと羨んでいたほどです。

 

 

彼女は

苦労、困難、悲しみが イコール

不幸だとは思っていないのです。

 

彼女はこうも言います。

魂は、好いこと、楽しいことばかりが続くとすぐにそれが有難いことだということを忘れるんだよ。感謝を忘れるんだよ。

 

 

「色々苦しいことがあったって、

今日みたいに、子どもたちに祝ってもらって

こんなに有難いことがある。

 

お花が綺麗。

 

あの山並みを見ていると飽きないくらい素晴らしい。

 

人から頂いた品々もそれぞれ思い出やいわれがあって

懐かしい、、、一つ一つね。どれもこれもだよ。

 

そんなことを考えながらいると、楽しいし、慰められるよ。」

 

 

そうなんです。

母は、一つ一つ、

「綺麗なものを綺麗だなぁと認識し」

「思い出を大切にし」

「美しい変化を愉しみ」

そういう日々の生活の中から

有難さを感じ取り、

それを「幸せなこと」として受けとめ、受け入れ、感謝しているのです。

 

幸せだからと言って

悩みが無いわけじゃない

幸せだからと言って

楽しいことばかりでもない

 

悩みが無いことが幸せなんじゃない

楽しいことばかりだから幸せなんじゃない

 

どんなに苦しくても

どんなに悲しくても

どんなに辛くても

その中から

わずかに光る「幸せ」の数々を

有難く、感謝の気持ちで受け取るから

迷うことなく

「私は幸せな人だ」

と言えるのです。

 

偉業を成し遂げたわけでもない

何の表彰を受けたわけでもない

 

けれど、私の母は

「幸せでいる」ことの天才です。

 

 

私の母は

実に、偉大な母でした。

 

私は、母が大好きです。

だからきっと、この母を選んで生まれてきました。

 

私を産んでくれてありがとう。

私も幸せな人で居ますね。(*^▽^*)

 

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🍀🍀🍀 Thank You 🍀🍀🍀