【自分を愛するがわからない】-4

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自分を我慢して、他人を優先するのは「愛」ではない

自分を卑下して、他人をあがめるのも「愛」ではない

 

我慢することが即ち愛ということでもないし

謙遜することと卑下は違うはずだ

 

自分を尊んで初めて、他人のことも尊ぶことができる

自分を大切にするから、他人も大切にできる

 

尊敬は自分を大切にして初めて生まれる

自分を尊ぶことを知らなくて、

どうして人を尊ぶことができようか

 

だから

自分を愛して

初めて

ひとを愛することができる

 

だとすると・・・・

自分よりも(=自分を押し殺して)

他人を優先する(=しなければならない)

というのは

愛ではない

 

それは

偽善や依存や

自己満足に過ぎないのかもしれない

 

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自分を愛するってどういうことなんだろう

 

自分を大切にするってどういうことなんだろう

 

自分を尊ぶってどういうことなんだろう

 

 

逆説的にかんがえると

 

自分を粗末に扱うというのは

 

 

自分の思い、希望、考えを

無視すること

 

自分をダメだと責めること

 

ならば

自分を大切に、尊ぶということは

 

自分の思いや感じたこと、

望み、考えを

認めること

 

自分を責めずに

自分をあるがままに認め

受け入れること

 

認め、受け入れるってどういうことなんだろう

 

たとえ

何かがうまくできない自分だったとしても

誰かを妬む気持ちが表れたとしても

そういう自分を

許すことではないだろうか

 

落ち込む自分を

「また落ち込んだ。どうして自分はこうなんだろう」

と責めるより

「落ち込むこともあるさ。今たまたま、落ち込んでるだけ。」

 

 

ついつい

ダメだな

と自分や他人を責める自分も

「ダメ」としてしまったところを

ひとつひとつ

許していくこと

 

批難ではなく

許していくこと

 

それが

自分を愛し

ひとを愛することに

なっていくのではないだろうか

 

 

そう思っても

つい

「責める」を繰り返すだろう

 

それが

人間の弱さなのだ

 

だから

何度でも

「許す」

を繰り返していけばいい

 

何度、「責める」を繰り返しても

その度に

ひたすら

ただ

「許して」いけばいいのではないだろうか

 

ひとつ

「許す」たびに

「愛する」ことになっていくのではないだろうか

そうやって

だんだん

「愛」が深まっていくのかもしれない

 

 

もともと

自分を愛していない人はいなくて

愛し方がわからないのだと思う

 

人それぞれ

「愛し方」は違うのかもしれない

 

でも

大事なのは

確かに自分を「愛している」という感覚

 

本当に自分を「愛している」人は

自然にひとを「愛する」だろう

 

ひとが

本当に「自分を愛する」ということを会得したら

この世の中に争いは存在しえなくなるのかもしれない

 

きっと

そこには

「愛」しかなくなるんだろう