【やみは光を悟らなかった】

 

光と闇について

きっと色々な人が

様々な観点や、世界観から

解説したり、

分析したり

教えたり

伝えたり

しているんだろうと思う。

 

 

獅子座の新月とか日蝕月蝕とかで

ざわざわとした気持ちで

過ごす人も多いだろう。

 

 

聖書にこんな一節がある。【ヨハネ第一章1~5】

****

みことばは神であった。

みことばははじめに神とともにあり、万物は

みことばによって創られた。

創られたた物のうちに、

一つとしてみことばによらずに創られたものはない。

みことばには生命があり、

生命は人の光であった。

光はやみに輝いたが

やみはそれを悟らなかった

 *****

 

やみは

悟らなかった

のである。

 

悟れなかった

のでも

気が付かなかったのでもなく

 

悟らなかった

 

のだ。

 

そこに、闇の自由意志を感じる。

*****

すさみの中、闇の中にいることも

そこを十分体験したからそろそろ・・

と、光の中に移行することを選ぶのも

自分次第ということなのではないだろうか。

 

そして、光の中へ向かおうとする人と

まだ闇に留まろうとする人は

もしかすると、

自然に離れていくのかもしれない。

 

そして、「やみは光を悟らなかった」が

 

光はやみに対して

なにも

思わず

行動せず

であり

ただ、そこに光として在る

だけである。

 

やみを肯定もせず否定もしていない

 

やみを消そう

やみを追い払おう

という抵抗を

一切していない。

 

「闇と闘ってはいけません。

闇を何とかしようと思わなくていいのです。

闇を追いかけてはなりません。

ただ、光の中に留まりなさい。」

 

そんな声が聴こえた気がした。

 

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